建築学とは恍惚なもの
突然として記号やことばが、そのきらびやかで堅牢なる自身の系の内側へと不意に退色し、無色の骨格や透明なリンパ節を厳然と露呈してしまうという身も蓋もない空間に唐突にまぎれ込んでしまうことがある。たとえばセリーヌのブラックホール、リーベスキンのホワイトホール。そこではことばが<チーズとうじ虫>(ギンズブルグ)になり記号が白色倭星となる。ほとんど物質のマグマと化したことばや記号の不穏な解放力や超高速の伝送力に触角的に撃ち抜かれてしまうのはいつもそんな時だ。
文化、起源、歴史、構造
他でもない<文化><起源><歴史><構造>云々……といった手合いの口あたりも涼やかな記数法によって稼動する矯正システムのいわば一種の誤作動や頓挫によって生産されてしまう不備の言語、不測の実体といった硬質な徴のふつつかなる突出の現場に立会うことほど危険で、みだらなほど魅惑的なことは無い。時系列の推進力や空間の配分から解き放たれてしまった、ポツリときらめくよるべなき漂流の言語との孤絶した交通……今にして思えばほぼ1年半ほど前、凍てつくウィーンの郊外で私の視交差あたりを光速で切り苛なんでいったのは、そんな不穏当なできごとであったと言っていい。